プログラマーとカメラ2

どうも、HACKMONSTERのSAKUです!!

今回は、前回の引き続きということで
僕が大学時代に出会った大人たちの1人、メディア業界でTVディレクターを務めていた
先生。
夏休み明けまでの出来事をご紹介していこうと思います!!

皆さんは、学生時代どのような過ごされ方をしましたか?
僕は、なかなか休みというよりかは
休みを利用して旅行に出かけることが多かったです。

旅は、本当に自分が知らない世界。また自分は何も知らなっかたんだな。
と気付かせてくれるもので
自分から教科書を作りに行くものなのかなと思います( ´ ▽ ` )

はい!!それでは、プログラマー とカメラ2はじめます!!

何かがあなたを待っている、誰かがあなたを待っている。

カメラマンに近づく第一歩

プログラマー と課題

「何かがあなたを待っている、誰かがあなたを待っている。」
この課題に向き合ってから20分全くペンが動かない。

「うーーん。うーーん?」
またも、メディアの講義を受けていたなんとも答えづらい設問に
自問自答。。。

この課題が出てきた成り行きとしては、ナチス政権時代にヒトラーによって
強制収容所に収監されたユダヤ人の医者が、
患者を治療する際によく投げかけていた言葉だという。

そんな、強制収容・労働を強いられていた医者の名前は
「ヴィクトール・E ・フランクル」彼の本で有名なのが
強制収容所から生還した後に出版した「夜と霧」
一度、読んだことがありますが2度目を読むのにはもうしばらく時間が
かかりそうな内容の本でした。

「人生。」と僕は課題に対しての答えは、いつも短くなってしまう。
やっぱり難しい。。。。

「じゃこの時間の講義は終わります。サクくんこのあと時間ある?」
もうすっかり先生とは打ち解け、週に2回は研究室を訪れるようになりました。
あと数回講義を受ければ、2回目の夏休みが始まる。
今年は、どこに行って何をしようかな。
研究室に着き、いつものように先生がコーヒーを淹れてくれる。
夏なのにいつも淹れてくれるのは、ホット。アツい。

「先生、やっぱりコーヒーのやつ難しいですよ。」
「そら、簡単には行かないよ。(笑)カメラを構えたら両眼は開けたまま
右目は情熱を持って、左目はクールに。
「うーん。やってみます。」
「笑笑」
「もうすぐ、夏休みなんですけどどこかオススメの場所とかありますか?」
「大島って知ってる?—昔、ハンセン病という病気があって
国から差別に晒せれていた人たちが、迫害を受けて大島に収容されていた時代があってね。」
「名前も戸籍も変えられた人たちが、最後は外にも出られずにその島で生涯を終える。
そことか言ってみるとサクくんのこれからの勉強になると思うよ。」

僕は、先生がスラスラと言っているいることに絶句してしまいました。
日本でもそんなことしていたのか。と
心の中では、そんなところ行きたくない!!と先生に抗議をしていましたが、
「戦争を知れるよ。」の一言で

「行ってきます。」

大島とカメラマン

もう、嫌だけど

プログラマー と大島

大島。香川県高松市 国立療養所大島青松園 行きのバスに揺られながら
ハンセン病の人たちを考えていました。

「どうしようか。行くとは言ったけど自信がないな。」
高速に乗ったあたりから不安がよじ登ってくるのを感じました。

うーーん。戦前戦後から「差別」という世間からの批判
そんな厳しい環境で過ごされていた方に
自分すら持っていない僕がお邪魔したら、本当にお邪魔じゃないのかな。

母親に、大島に行ってくると伝えると
「ハンセン病?」と答えた。

「そう、ハンセン病。気になって。」
「昔は、人用のオリに入れられててんで。」

母は、福祉で働いているのもあり当然そのような歴史も勉強していたみたいでした。
「顔がただれてるて聞いた。目も鼻もない人があるとか。」
「そういう病気やから。」

バスでの4時間 そんな会話を思い出していました。
やっぱり自信がない。やっぱ帰ろうかな。失礼なことをしてしまいそうや。
うーーん。。煮え切らない葛藤と戦っていました。
一白する予定だったので、後にも戻れない状況でいたので
「もう自分で決めたことや。覚悟決めよ。」
自信を出すために自信を持つ。これに徹しようと考えました。

高松市につくともう目の前に港がありました。
一歩がなかなか出ない。
港に到着すると、船への予約が必要だと事前の調べで知っていたいましたけど
どうも、気分が落ち着かない。

持ってきていた、カメラで港をパシャリ。
何もないな。いや、ここから患者は、大島へと連れていかれたんか。。。
時間とか確認できたんかな。嫌やな。
船はどんなんやったんやろ、戦時中は木の船やったんかな。行きたくないな。
考察しつつも本音が入り混じっている。

「海底のトンネル」そんなところに閉じ込められた気分に陥りました。

行き場は一つ。ただ真っ直ぐに進むだけ。でも息継ぎができない。真っ暗。
今までの自分は、トンネルの先に出口があると思っていました。

答えは、「行き止まり」

振り返る勇気がなかったんだ。とその時初めて思えることができました。
「ハンセン病」「戦争」「差別」
いづれも、聞き慣れた単語になっていましたが、自分には関係がないと
突っぱねていました。

本当は、知りたいとは思っていませんでいた。ただ、カメラで景色が撮りたい。
そんな感じのまま来てしまったのがよくなかったようでした。

世間をしろう。自分を知ろう。もっと関心を持とう。
関心のない好奇心は誰にとってもよくない。そう思えた瞬間でした。
もう、不安もあまりない。カメラも自信を持って相手に向けよう。

決意したきっかけを頼りに、船へと乗り込みました。

まとめ

いかがだったでしょうか?

話がまだ長くなりそうなので、ここまでにします!!

カメラマンとして乗り込んだ僕でしたが、道中ずっと不安でした笑
これからも、学ぶことはたくさんのようです。

皆さんは、はじめに出てきた「何かがあなたを待っている。誰かがあなたを待っている。」
への答えはどうでしたでしょうか?

プログラマー とカメラ
次回で完結にしようと思います

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